Blooming Days,Nov’22 | 倉嶋桃子|TOKYO854

Blooming Days - 日々是好日 -

Blooming Days,Nov’22

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みなさん、こんにちは。倉嶋桃子です。

子供の頃、高速道路のサービスエリアに寄ると、必ず食べていたのがアメリカンドッグ。
最近でこそコンビニで売っていますが、当時は限られた場所でしか出会えない食べ物でした。
ケチャップとマスタードをたっぷりかけて食べたものです。

このアメリカンドッグ、アメリカンと名がつくものの、アメリカで普及しているコーンミールの生地を使ったコーン・ドッグを改良したもので、この名前は和製英語、日本独自のものだそうです。

アメリカでは、「コーンドッグ」とよばれ、その発祥の地と言われるのは、イリノイ州スプリングフィールドの「コージードッグ・ドライブイン」。

レストランの創設者であるエド・ウォルドマイアが、1941年頃、オクラホマ州にいた時に、コーンブレッドで焼き上げられたウィンナーのサンドイッチを食べ、その美味しさに感銘を受け、何とか簡単に作れないものかと父親のベーカリー事業に従事していた友人にも相談し、ソーセージに衣を付けて揚げたバタードソーセージのレシピを改良してコーンドッグを完成させたそうです。

日本では、串に刺した魚肉ソーセージを、小麦粉・卵・砂糖・ベーキングパウダー・牛乳もしくは水を混ぜた衣を油で揚げて作りますが、こちらの起源については諸説あり、昭和39年(1964年)に東京都神田の「株式会社福三(ふくさん)」が日本に初めて持ち込み、青山の東京ボウリングセンターの売店で初めて販売したとも言われています。

ウィンナーソーセージの代わりに魚肉ソーセージを使ったのは、当時はまだ本物のソーセージやウィンナーがお高かったからなのでしょうか?

今日のテーマは「魚肉ソーセージ」。
そのあたりのこともお話できればと思います。

参考資料

アメリカンドッグ – Wikipedia
https://blooming-days.njs.xyz/7mag

アメリカンドッグ発祥の地!スプリングフィールド「コージードッグ」 | アメリカ | トラベルjp 旅行ガイド

https://www.travel.co.jp/guide/article/32790/

アメリカンドッグ=英語でコーンドッグ-その語源と起源説・類似食品とは? │ +雑学
https://plustrivia.com/originfoods/868/

さて、本日の放送内容です。

「Food」in bloom-その1-

魚肉ソーセージは、魚肉のすり身をケーシングに入れ加熱・滅菌した、ソーセージに似た形の加工食品のこと。

JASの規格では、魚肉及び鯨肉の原材料に占める重量の割合が、50%以上のものを「魚肉ソーセージ」としており、15%未満のものであれば「ソーセージ」、15%以上50%未満のものであれば「混合ソーセージ」、魚肉のすり身ではなく、魚肉の肉片を塩漬けにしたものを原料としたものを魚肉ハムとして区別されています。

また、チーズかまぼこのように、練った魚肉に種物(たねもの)を加えて魚肉ソーセージと同様に包装したものは、魚肉ソーセージではなく、特殊包装かまぼこ類の一種であるケーシング詰 特種かまぼこに分類されています。

他にも、練り合わせた魚肉にチーズや荒挽き肉等の「種もの」を混ぜ合わせたものを原料とする「特種魚肉ソーセージ」や、油で焼いた後、ハンバーグ 類似の香味や食感のある「ハンバーグ風
特種魚肉ソーセージ」も存在します。


魚肉ソーセージとは

魚肉ソーセージは、スケトウダラなどの冷凍のすり身に、豚の脂、調味料と香辛料を混ぜ、練り合わせたものを密閉し、レトルト殺菌釜で高圧高温殺菌を行って出来上がります。

必要に応じてデンプン・植物性タンパク・卵白などの結着剤、および酸化防止剤を加えることもありますが、最近では、豚由来成分を使わないなど、イスラム教のハラル認証を得た魚肉ソーセージも日本企業によって生産されています。

数十年前までは、魚肉ソーセージに防腐剤を加えていた時代もありましたが、それが問題だと判り、防腐剤を入れずに、3種類の手法のいずれかで腐敗を防ぐ、と業界で規定を変更し、その結果、魚肉ソーセージのほとんどが、保存料で賞味期限を延ばす代わりに、缶詰同様の手法、つまり密閉容器に入れてからレトルト殺菌釜で高温高圧殺菌行うことによって、数カ月の賞味期限を実現することとなりました。

市販されている魚肉ソーセージの多くは、オレンジ色のフィルムで包装されていますが、これは、紫外線の影響によりソーセージの色が茶色に変わることがあるため、紫外線をカットするためにオレンジ色のフィルムが使われています。現在は、フィルムの機能向上により透明のフィルムを使った製品もあります。

魚肉ソーセージといえば、アルミ製の留め金がトレードマークですが、もとは「魚肉を密封殺菌する際、両端にかかる大きな圧力に耐えられるよう」使われてきました。

しかし、歯で引きちぎろうとして歯がかけたり、口の中を切る子供が続出。
また、ゴミの分別収集が浸透し始めると、留め金の金属が包装フィルムと分別しにくいという不満の声が消費者から寄せられるようになりました。

そこで、ニッスイでは、1990年代後半よりアルミ製の留め金に代わる密封方法の研究を開始。
しかし、その開発は一筋縄ではいかないものだったようです。

日本容器包装リサイクル協会ニュースによると、 魚肉ソーセージは、すりみをペースト状に練って包装フィルムに充填・密封した後、圧力をかけながら加熱してつくられますが、アルミの留め金以外の素材の場合、加熱・加圧した際、どうしても先端の密封性が悪くなってしまうという問題に直面。

研究開発を始めてから数年が経過した2004年、暗中模索だったニッスイと協力関係にあった株式会社クレハが、魚肉ソーセージの包装フィルムと同じ素材を用い、両端の開口部を超音波で留める技術を確立したことから、クレハと協働で実用化に向けたテストを開始。

超音波を強く照射しすぎると包装フィルムに穴が開いてしまい、逆に弱いと先端の開口部が破れてしまうなどの試行錯誤を繰り返した末、ついに留め金をなくした新パッケージの開発に成功し、2007年9月に発売を開始しました。
「エコクリップ」と命名された新包装は、従来は年間で120トンも使用していた留め金のアルミを丸ごと削減するリデュース効果も上げ、それまで2位だったシェアが2008年より1位に浮上し、その後も現在に至るまでトップをキープしているとのこと。

現在でも、ニッスイ、丸大ハム以外のメーカーでは、金属の留め具を使った魚肉ソーセージを販売しています。
味だけでなく、食べるまでのプロセスを重要視したい方、まだ間に合います。
金属の留め具が一掃されてしまう日は、意外と近くまで来ているのかもしれません。

参考資料

魚肉ソーセージ – Wikipedia
https://blooming-days.njs.xyz/yxl5

日本容器包装リサイクル協会ニュース No.75
https://blooming-days.njs.xyz/2jqk

「Food」in bloom-その2-

仏教の普及とともに、肉食がタブーであった時代が長く続いた日本では、食肉の加工品が登場するのは、江戸時代になってから。

長崎でハムがつくられたという記録も残されていますが、本格的につくられるようになったのは、明治時代以降のこと。
明治7年、現在の神奈川県戸塚でホテル経営をしていたイギリス人、ウィリアム・カーティスが始めたハムづくりが、国産ハムの元祖と言われています。


魚肉ソーセージの歴史

ソーセージが本格的に作られるようになったのは、大正時代になってから。

1918年(大正7年)高栄養価食品としてソーセージに注目していた農商務省は、第一次世界大戦中に日本の捕虜となったソーセージ職人、カール・ヤーン氏ら5人が、収容所内でソーセージを製造している事を聞きつけ、千葉市に新設された農商務省 畜産試験場の飯田 吉英(いいだ よしふさ)技師を収容所に派遣し、カール・ヤーン氏達からソーセージ製造の技術を伝授してもらい、この製造技術が農商務省の講習会を通じて、日本全国の食肉加工業者に伝わったとされています。

同じ頃、洋食の普及への対応や魚肉の保存性向上を狙い、日本各地の水産試験場では、魚肉を使用したハム・ソーセージ風食品の開発が進められていました。

1956年(昭和31年)に発刊された清水 亘氏の著書『魚肉ソーセージ』によれば、大正の初年には、すでに各地の水産試験場などで魚肉ソーセージを試作していたという記録が残ってます。
ただし、当時の製法は、カマボコのすり身をセロファンの袋に詰めて燻煙、もしくはボイルしただけの簡単なもので、試作の域を脱しなかったようです。

ツナハムについては、1935年(昭和10年)頃、マグロを使ったプレスハム状の「魚肉ハム」の製造に成功。
南興食品株式会社が、1940年(昭和15年)から本格的に魚肉ハムの製造を開始しました。

その約10年後、魚肉ソーセージは1949年(昭和24年)、愛媛県八幡浜市(やわたはまし)の西南開発工業協同組合が初めて試作に成功しました。
同組合は1951年(昭和26年)、西南開発株式会社として創立し、「スモークミート」の名で商品化、翌1952年(昭和27年)には明治屋と契約し全国発売を開始しました。

これを皮切りに、次々と他社も魚肉ソーセージの製造販売に乗り出し、1954年(昭和29年)、ビキニ水爆実験の影響でマグロの価格が大暴落した事がきっかけで、安く出回ったマグロを使った安価な魚肉ソーセージが大量に生産され、学校給食に納入されるなど、「西の横綱がインスタントラーメンなら、東の横綱は魚肉ソーセージ」と呼ばれる程の大衆食となりました。

生産量は1960年代に入ってからも増加し続け、1972年(昭和47年)には、魚肉ソーセージの国内生産量は18万tを超えてピークを迎えました。

しかし、生産量ピーク2年後の1974年(昭和49年)、使用されていた食品添加物の保存料・フリルフラマイドに発癌性・催奇性が指摘され、使用禁止となり、同年、業界は魚肉ソーセージへの防腐剤の使用を取り止め、代わりに「高温高圧殺菌」「pHや水分活性を調節して加熱殺菌」「従前同様の加熱殺菌をして10℃以下で流通保存」のいずれかの方法を採用する事としました。
これにより、1974年(昭和49年)の生産量は12万tへと急落。

さらに、1976年(昭和51年)にはアメリカとソ連が相次いで排他的経済水域の設定を宣言する、いわゆる200海里問題が発生したため、主原料となっていたスケトウダラの価格が暴騰。

また、徐々に家庭へ冷蔵庫が普及し、低温輸送技術が進むにつれ、食肉および食肉加工品が普通に食卓へと並ぶようになり、魚肉ソーセージの保存食肉あるいは食肉代用品としての存在価値が減少、生産量を減らしていくこととなりました。

1990年代になると、さらに生産量は落ち込み、遂には10万トン弱となり、水産加工業者のお荷物商品とも言われるようになりました。

しかし、2000年代に入り、メーカー側の開発努力と併せて、カルシウムやDHA、ビタミン、コラーゲンといった有用成分の添加、アニメや子供向け特撮ヒーローのキャラクター採用などの販売努力、健康・ヘルシー志向も手伝って、徐々に魚肉ソーセージが見直されるようになりました。

BSEや鳥インフルエンザなどで畜肉の安全性に疑問が呈された際にも、魚肉ソーセージが注目され、一時は需要が急増してフル生産体制になり、メーカーは当惑したといいます。

牛豚肉など食肉ソーセージが安価に手に入るようになった現在、かつては代用品だった魚肉ソーセージは、キャラ弁には必要不可欠な存在となり、海外でもヘルシーなスナック「フィッシュソーセージ」と呼ばれています。

日本生まれの世界に誇る食品、「フィッシュソーセージ」。
一時のピークほどの生産量はありませんが、今でもちゃんと生き残っています。

「Food」in bloom-その3-

年間1億本が製造される伊藤ハムの「ポールウインナー」。

関西では絶大な人気を誇り、魚肉ソーセージを上回る人気のソーセージです。
オレンジ色のフィルムに包まれた外見は、一見魚肉ソーセージに見えますが、豚肉・マトン・牛肉を使ったウィンナーソーセージです。


関東では見かけないポールウィンナーとは

関東以北ではあまり目にすることがないので、見たことも食べたこともない方も多いかもしれません。

伊藤ハムのソーセージ類の中では4番目に多い販売量を誇る主力商品にも関わらず、その売上の93%は関西が占めていて、東北に至っては目撃情報すらない都道府県もあります。

なぜ関西以外では普及しないのか。

その謎は、魚肉ソーセージにあるようです。

ポールウインナーの正式名称は、「ロイヤルポールウインナー」。
1934年(昭和9年)に誕生しました。
今でこそ業界2位を誇る伊藤ハムですが、創業時には、オリジナルレシピを活かした魚肉ソーセージを製造、販売していました。
普通の畜肉ソーセージが100匁(もんめ)45銭だったところ、100匁25銭でデパートに売り込み、安くて美味しい魚肉ソーセージは好評でしたが、バクテリア繁殖により取引先からの返品が相次ぎました。

いったんは工場を閉鎖したものの、衛生試験所や図書館に通って食品化学を勉強。
念願のハムやソーセージなどを作るための知識と技術を身に付け、徹底した温度管理でうまみを引き出したウィンナーをセロハンで包んだウィンナーを販売。
1本5銭で神戸市のスタンドや飲食店を回って売り歩いたのが始まりです。

当初は「セロハンウインナー」という名前だったそうですが、のちに「棒状」という意味の今の名前に変更。
1965年から1990年代まで、学校給食にも出されており、子どもから大人まで多くの世代に普及するきっかけとなりました。

こんなに関西では愛されているのに、なぜ全国に普及しないのか? 

伊藤ハムによると、明確な理由はわからないものの、既に魚肉ソーセージの文化があった関東では、見た目が似ている畜肉製品のポールウインナーは、魚肉ソーセージに比べてやや値段が高く、受け入れられにくかったのではないかと推察しています。

ポールウインナーが誕生して今年で87年目。
過去に数回CM放映しただけで、ほとんど宣伝らしい宣伝をしていないといいます。
関西では多くの人々に受け入れられているため、宣伝の必要すらなかったようです。
工場で大量生産されるようになった1940年代半ば以降、ポールウインナーはその味とパッケージのデザインをほとんど変えていません。
魚肉ソーセージをイメージして食べると、かなりの肉々しさに驚く人が多いといいます。

伊藤ハム公式サイト上で公開されている、全国を対象としたポールウインナーの目撃情報を集めた「ポールウインナーみーつけた!」では、全国の目撃情報が掲載されています。
まだ食べたことのない方、お近くのお店を探してみてください。

参考資料

伊藤ハム – Wikipedia
https://blooming-days.njs.xyz/8ddk

関西人の大好物ポールウインナー 関東になぜない?|NIKKEI STYLE
https://blooming-days.njs.xyz/k3vk

ポールウインナー ニッポン・ロングセラー考 – COMZINE by nttコムウェア
https://blooming-days.njs.xyz/xtx2

ポールウインナーみーつけた! | ポールウインナーソーセージ | ブランド | 商品情報 | 伊藤ハム
https://blooming-days.njs.xyz/pfml

メッセージをお寄せいただいた皆さん、ラジオをお聴き頂いた皆さん、本当にありがとうございました。

また、番組では皆様からのメッセージをお待ちしております。「試してみたよ」「作ってみたよ」といった番組で取り上げた内容のご感想、みなさんが感じる幸せのひとときなど、ぜひお聞かせくださいませ。

なお、番組の構成上、時間の都合でリクエスト曲にはお応えできない可能性がございます。ご容赦くださいませ。

それでは、また来週、月曜日15:00にお耳にかかりましょう。

お相手は、倉嶋桃子でした。

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