Blooming Days,Nov’15 | 倉嶋桃子|TOKYO854

Blooming Days - 日々是好日 -

Blooming Days,Nov’15

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みなさん、こんにちは。倉嶋桃子です。

今から17年前の2004年の今日11/15、人口わずか5人の国、ワイ公国が建国しました。
ワイ公国は、オーストラリアのシドニー郊外のモスマン市に位置する家族国家。
モスマン市からは正式に認可されている自称国家、ミクロネーションです。

ミクロネーションとは、モデル・カントリーや新規国家プロジェクトとも呼ばれ、独立国家または州に類しますが、各国の政府や国際連合をはじめとする主要国際機関によって承認されているものではありません。
新しい国家が、実際の独立運動や民族自決運動で誕生するのとは異なり、ミクロネーションは個人または家族によって作られ、領土と呼べるものを持たなかったり、実際に占有できる見込みのない無人島を領土と主張するなど、ただのインターネット上のコミュニティーでしかなかったり、 国の沿革を示した Webページしか存在が確認できないものもあります。

似たような言葉に、ミニ独立国がありますが、海外で認知され、実際に独立国となることを目指しているものの実際には国家として見なされない国をミクロネーション、観光目的で独立国を名乗るものの実際に独立国となる意思は持たない国内のものをミニ独立国と呼んで区別しています。

人口わずか5人の国、ワイ公国は、地元自治体の都市開発計画で「すべての家に舗装道路を!」をスローガンに道路工事が進められていたものの、自宅前に道路が敷設されなかったことに激怒したポール・デルプラットによって、2004年11月15日にモスマン市に独立を宣言、モスマン市長によって受理されたことから建国しました。

人口は国家元首であるポール・デルプラット一世(初代ワイ・デルプラット公)とワイ・デルプラット公爵夫人であるスーザン・デルプラット、そして息子1人、娘2人の3人の子どもたちの5人のみ。

国の敷地面積は約0.0007平方キロメートル。
建造物は、自宅とガレージ、物置と井戸、そしてかつて子どもたちのために手作りしたブランコ、シーソー、鉄棒、ジャングルジムなどの遊具、そして小鳥たちの巣箱と水飲み代、餌場だけで、自宅内のエレベーターが唯一の公共交通機関となります。

芸術をこよなく愛するポール公は、公邸にジュリアン・アシュトン芸術学校を創立、国外から数名の生徒の入学によって外貨(オーストラリア・ドル)の獲得に成功しています。

公爵が国家の頂点に君臨しながらも公爵夫人と話し合いによって政策方針を決定する立憲君主制を採用しており、権威と権力の一極集中による暴走を巧みにセーブしているとされています。

当然ながら他国からの国家承認は一切受けていないため、国際法的には国家の要件を満たしていませんが、ワイ公国の公式ホームページを見るとなんだか楽しそうです。

今日は、この自称国家、ミクロネーションをテーマにお送り致します

参考資料

ミクロネーション – Wikipedia
https://blooming-days.njs.xyz/jd59

ワイ公国 – Wikipedia
https://blooming-days.njs.xyz/zfeb

Principalityofwy
https://principalityofwy.com/

さて、本日の放送内容です。

「Interest」in bloom-その1-

シーランド公国は、北海の南端、イギリス南東部サフォーク州の10km沖合いに浮かぶ構造物を領土と主張する立憲君主制の自称国家(ミクロネーション)。

全 国連加盟国及びバチカン市国よりも面積が小さいため、世界最小の国家を自称していますが、創設以降、シーランド公国の国家承認を明示的に行った国は存在していません。


シーランド公国

シーランド公国が領土としているフォート・ラフスは、第二次世界大戦中、イギリスが沿岸防衛の拠点として建設した海上要塞。
ラフ・サンズと呼ばれる砂堆(さたい)の上に、大きな柱が二本ある巨大な構造物を沈め、海上に突き出した柱の上に居住区や対空砲台などが作られたもので、戦時中は150から300人ものイギリス海軍兵員が常時駐留していましたが、大戦終了後の1956年に放棄されたものです。

1960年代、民放のラジオ局がなかった当時のイギリスでは、ポップミュージックの放送は1日に45分と決まっており、このため、公海上の船舶から電波を流す、政府非公認のラジオ局が次々と開設されました。

そんな中、元イギリス陸軍少佐で漁師のパディ・ロイ・ベーツが運営する海賊放送の一つ「ラジオ・エセックス」は、1965年から、テムズ川河口にあるマンセル要塞「ノック・ジョン・タワー」を占拠して放送を開始。

しかし、この要塞がイギリスの領海内にあるという政府の訴えを裁判所が認めたことから罰金刑となり、イギリス政府は当時20局はあると言われた海賊放送を一掃するため1967年8月14日に「海洋放送法」を施行しました。

そこで、ロイ・ベーツは当時イギリスの領海外にあったこの要塞に目をつけ、不法に占拠した上で「独立宣言」を発表、要塞を「シーランド」と名付け、自ら 「シーランドの公、ロイ公殿下」と名乗りました。

イギリス政府は強制的に立ち退かせようと裁判に訴えましたが、1968年11月25日に出された判決では、シーランドがイギリスの領海外に存在し、またイギリスを含めて周辺諸国が領有を主張していなかったことから、イギリス司法の管轄外とされました。

国土面積は207㎡とされており、幅は9メートル、長さ23メートル。
この要塞は、バチカン市国より小さく、四方を海に囲まれているため360度のオーシャンビューが売りですが、発電機の振動がすさまじく、住環境はあまりよくないといわれています。

シーランド公国の主力産業は爵位の販売で、ウェブサイト上で、誰でも気軽に購入する事ができます。
これを買えば「卿」や「男爵」として堂々と貴族を名乗る権利が与えられますが、西川きよしさんや三村マサカズさんなど多くの日本人も購入しています。

「卿」は30ポンド(約4000円)、「伯爵」は200ポンド(約3万円)、「公爵」は500ポンド(約7万円)とかなりリーズナブルなお値段です。
ただし、イタリアやドイツなど一部の国家では、正統な貴族でない者が貴族号を名乗ることは刑法で禁じられており、オーストリアのように貴族称号自体が禁止されている国もあるので注意が必要です。

他にも騎士団に加入する権利や国土の一部を販売していて、爵位等(など)を購入すると、権利書と一緒にシーランド公国の歴史が綴られた冊子、大公一家の写真、公式キャラクターのシーランド君が印刷されたチラシが送られてくるそうです。

また、シーランド公国は独自の通貨、シーランド・ドルや、切手を発行しており、主に世界各国の硬貨・切手愛好家や、その方面のマニアの間で流通しています。

以前はパスポートも発行していましたが、大量の偽造パスポートが出回ったため発行を一時中止して、1997年以前に発行されたパスポートはすべて無効にする事態となっています。

2007年1月8日付のイギリス デイリー・テレグラフ紙で、6500万ポンドで国全体が売りに出されていることが報じられました。
これを受けて、スウェーデンにてBitTorrent(ビットトレント)のトラッカーを扱うウェブサイト「パイレート・ベイ」が買収に名乗りを上げましたが、シーランド公国側に拒絶され断念したようです。

アルツハイマー病だった創設者のロイ・ベーツ公が、2012年10月9日に91歳で死去したことにともない、息子であるマイケル・ベーツ公太子が父の後を継ぎ、2代目シーランド公に即位しました。

マイケル・ベーツ公は、普段は沿岸のエセックスで漁業を営んでいるそうです。

参考資料

シーランド公国 – Wikipedia
https://blooming-days.njs.xyz/moez

シーランド公国 – アンサイクロペディア
https://blooming-days.njs.xyz/weqz

シーランド公国の“建国”から50年。自称「世界最小の独立国」とは? | ハフポスト
https://blooming-days.njs.xyz/naei

「Interest」in bloom-その2-

モロッシア共和国は、ケビン・ボーによって建国されたミクロネーション。
アメリカ合衆国ネバダ州ライアン郡のデイトン近郊に首都が置かれています。
総面積は約14.3エーカー(5.8ヘクタール)。

ボー家の裏庭および約1エーカーの正面の庭、さらに南カリフォルニアの別の私有地から成ります。


モロッシア共和国

1999年8月上旬、ノストラダムスの予言が外れたのをキッカケに「これからは好きな事をやろう」と国家建設を画策、友人のジェームズ・スピルマンと二人で語っていたグランド・ヴルドシュテイン共和国計画を実行に移そうと呼び掛けたもののジェームズは既に亡くなっており、仕方なく、妻と二人の子供の1家4人で独立国家建設に着手したのが始まりで、独立宣言は1999年9月3日に行われました。

「モロッシア共和国は世界のいかなる国とも対等な関係にあり、主権と尊厳を有する独立国家である」としていますが、創設以降、モロッシア共和国の国家承認を明示的に行った国は存在していません。

またボーはアメリカ合衆国に納税していますが、彼はこれを「対外援助」と称しています。

国名となっているモロッシアという名前は、「小さな岩山」を意味するスペイン語の単語に由来し、国の標語は「冒険しなければ何も得られない」で、「美しきモロッシアは我が故郷」という国歌もあります。

公用語は英語とエスペラント語ですが、国民のエスペラント話者は0%。
通貨はヴァローラが独自に発行されているものの、使い道がまったくないため、家族みんなでモノポリーをプレイする時以外はタンスにしまわれているとのこと。

ちなみにレートは1ヴァローラが1ドルという固定相場制ですが、お母さん銀行による換金は許可されていません。

共和制を採用しているものの、その実質は独裁政治であり、家長であるケビンが大統領に就任していますが、その実権は大統領夫人である妻によって握られています。
議会は毎日開催され、妻の一存によってすべての議事が議決されます。

モロッシア共和国は観光立国を自称しているものの、その観光は予約制となっており、年間10人まで受け入れることを法律で制定しています。

大統領か大統領夫人による観光ガイドがつき、国内の滞在時間は45分間まで許可されています。
アメリカからモロッシアに入国する場合、パスポートの提示は必須ではありませんが、モロッシア側はパスポートの提示を推奨しており、パスポートには消しゴムで作られた入国スタンプが押されます。

テキサス州から入国する場合、銃、白熱電球、ナマズ、タマネギ、セイウチを持ち込むことは法律で禁止されており、違反すると2ドル35セントの罰金が課せられますが、罰金の領収証が凝ったデザインであるためにコレクターの注目を集め、あえてそれらの物品を持ちこむ者も後を絶たないと言われています。

現在の人口は、30人前後の国民と犬4匹。
移民は受け入れておらず、外国人はモロッシア国内で就労したり、居住することも出来ません。

国籍不明の人々がしばしば許可なく不法入国する事態が後を絶たたなくなったため、外国の領土侵害から国と国民を守るために、ボー大統領は兵士3人と犬2匹になる軍隊を結成しました。
地上車両として2人乗りのモーターバイクを装備し、首都ボーストンには海軍兵学校があり、5隻の艦艇(カヌー)を擁していますが、過去には1隻盗難に遭うなど、貴重な戦力を喪失したこともあるそうです。

国境の看板には、「独立主権国家モロッシアへようこそ。ここより先は米国ではありません」と書かれています。

参考資料

モロッシア共和国 – Wikipedia
https://blooming-days.njs.xyz/ysdd

モロッシア共和国 – アンサイクロペディア
https://blooming-days.njs.xyz/sdyx

世界で一番小さな国の小さな軍隊「モロッシア共和国軍」│ミリレポ|ミリタリー関係の総合メディア
https://blooming-days.njs.xyz/wt9w

Republic Of Molossia
http://www.molossia.org/

「Interest」in bloom-その3-

ハット・リバー公国は、西オーストラリア州にある小麦農家・レオナード・ジョージ・ケースリーが、オーストラリアからの独立宣言をした小さな国です。

パースから北に500kmのところにあるハット・リバー公国は、面積75平方キロメートル。
香港と同じ大きさで人口は26人。

創設以降、ハット・リバー公国の国家承認を明示的に行った国は存在していません。


ハット・リバー公国

そもそもの始まりは、1969年10月、西オーストラリア州政府が小麦の販売量割当を決定した際、ケースリーの農場に割り当てられた販売量が十分なものではなかった事がきっかけ。

ケースリーは、他の5つの農場と連携しこれに反対し、西オーストラリア州総督のダグラス・ケンドルーに法案撤回の請願書を提出しました。

しかし、請願書は無視され、さらに州政府が地方の農地を取り返す権利を認める法案の審議を進めていたため、ケースリーは「経済・土地が奪われる危機に瀕した際には分離独立することが出来る」という国際法の規定に基づき独立の準備を進めました。

ケースリーは「販売量割当の修正または52万オーストラリア・ドルの補償金が支払われない場合、オーストラリアから独立する」と西オーストラリア州政府に最後通告しましたが、これに対する返答が得られなかったため、1970年4月21日に自身が所有する75平方キロメートルの土地を「ハット・リバー公国」としてオーストラリアからの独立を宣言しました。

ハット・リバー公国は、立憲君主制を採用している民主的な国家であり、君主であるレオナード公を補佐するシャーリー夫人を政務長官に任命、長男イアン・ジョージ公太子が首相・経済開発大臣・郵政大臣として小麦などの農産物の生産・輸出を担当、次男アーサー・ウェイン公子が外務大臣、三男レオナード・リチャード公子が財務大臣、四男グレアム・アーネスト公子が教育大臣・国立大学学長を担当していました。

レオナード公の名君ぶりをあらわすエピソードとして、国民と一緒になって農作業に汗を流したりシャーリー公妃の手料理をみんなに振る舞ったりすることもしばしば見られ、非常にアットホームな国家であることを国内外にアピールしていました。

主要産業は小麦・ワイルドフラワー・切手・貨幣の輸出。
主な資源として観光があり、海外から年間約4万人がハット・リバーを訪れました。

オーストラリアからは国家としての正式承認を受けていないものの、政府は査証や運転免許証、旅券、通貨を発行し、国章や国旗を作成したほか、米国やフランスを含む10カ国の13カ所に海外拠点を構えていたとされています。

2019年2月、レオナード公が死亡すると、後には米ドル換算で215万ドル(約2億2800万円)の未払い納税額が残りました。
息子で後継者のグレアム・ケースリー公は、2020年8月3日、「公国」の解散を宣言。

オーストラリアで流行した新型コロナウイルス感染症の影響で1月より「国境」を閉鎖せざるを得ず、観光収入が断たれたために、オーストラリア政府への租税の支払いの目処が立たなくなったためといいます。

「ハット・リバー公国」が独立を宣言してから50年。
オーストラリア最古のミクロネーション「ハット・リバー公国」は、コロナ禍で消滅しました。

参考資料

ハット・リバー公国 – Wikipedia
https://blooming-days.njs.xyz/brav

ハット・リバー公国 – アンサイクロペディア
https://blooming-days.njs.xyz/dmhu

農場主が勝手に独立!オーストラリアの謎すぎる未承認国家「ハット・リバー公国」の穴場感がすごい | TABIPPO.NET
https://tabippo.net/principality-of-hutt-river/2/

CNN.co.jp : オーストラリア最古のミクロ国家、コロナ禍で消滅
https://www.cnn.co.jp/world/35157991.html

「Interest」in bloom-その4-

『吉里吉里人』(きりきりじん)は、井上ひさしの長編小説。
第33回読売文学賞、第13回星雲賞、第2回日本SF大賞を受賞、原稿用紙2500枚におよぶ大作でベストセラーになりました。


ミニ独立国

東北地方の一寒村が日本政府に愛想を尽かし、突如「吉里吉里国」を名乗り独立を宣言するも、日本政府は反発、これを阻止すべく策を講じますが、吉里吉里側は食料やエネルギーの自給自足で足元を固め、高度な医学や独自の金本位制、タックス・ヘイヴンといった切り札を世界各国にアピールすることで存続をはかろうとするお話です。

日本国とは違った「イエン」を独自通貨とし、地元の言葉である東北弁を吉里吉里国の公用語、吉里吉里語と定め、さらには科学立国を称し、様々な怪しげな実験が国内において繰り広げられました。
吉里吉里人も吉里吉里語では、「ちりちりづん」となります。

この作品が評判になった後、日本各地で、観光を目的として独立国を名乗るミニ独立国ブームが起き、1982年には、実在の三陸鉄道リアス線吉里吉里駅を擁する岩手県大槌町が、町おこしの一環として「吉里吉里国」として独立を宣言。

ミニ独立国は、政治的・思想的な主張からの独立運動や民族自決とは違い、現実に日本国からの分離独立を主張しているわけではないため、国際機関によって承認されることはなく、主催者も正式な国家の設立を目的としてはいません。

個人や少人数で独立を宣言するミクロネーションと関連付けられることもありますが、思想や信念ではなく観光客の増加など宣伝を目的にしているため、商工会・観光協会などが主体となって運営していることが多く、町や村など地方自治体レベルで行っていることもあります。

その後、大槌町の吉里吉里国はマスコミの注目を集め観光客誘致に成功し、1980年代のミニ独立国ブームのきっかけとなりました。

独立国には共和国が多いですが、中には連邦を構成したり、合衆国や王国もありました。

1986年にはミニ独立国オリンピックが銀杏連邦(東京都八王子市)で開かれ、テレビのゴールデンタイムで放送されるなどの盛り上がりを見せましたが、乱立によりインパクトが無くなったこと、後発国の無計画性などで飽きられ、ブームは沈静化。

1990年代から財政難や運営主体となっていた自治体の合併、『国民』の高齢化などさまざまな理由で減少し、現在活動しているミニ独立国は少なく、20程度を残すのみとなりました。

そんな中、イノシシと豚のハーフであるイノブタ発祥の地、和歌山県すさみ町のイノブータン王国は、現在も存続しています。

1986年(昭和61年)5月4日に建国したイノブータン王国ですが、1988年、日本国外務省は「イノブータン王国」の名称を、実在するブータン王国に対して失礼であるとして、イノブータン王国に名称変更を要求。
1990年以降、国名の愛称として「イブ王国」が使用されることとなりました。

通貨単位は「ブータン」。100ブータンが100円という固定相場制で、その他、国歌や国旗、パスポートもあります。

公式ホームページによると、亡命希望者をいつでも募集しているようです。

参考資料

吉里吉里人 – Wikipedia
https://blooming-days.njs.xyz/lhkl

吉里吉里国 – Wikipedia
https://blooming-days.njs.xyz/4ulo

南紀すさみ イノブータン王国
http://www.inobuta.jp/index.html

イノブータン王国 – Wikipedia
https://blooming-days.njs.xyz/fjon

ミニ国家 – Wikipedia
https://blooming-days.njs.xyz/f5dy

メッセージをお寄せいただいた皆さん、ラジオをお聴き頂いた皆さん、本当にありがとうございました。

また、番組では皆様からのメッセージをお待ちしております。「試してみたよ」「作ってみたよ」といった番組で取り上げた内容のご感想、みなさんが感じる幸せのひとときなど、ぜひお聞かせくださいませ。

なお、番組の構成上、時間の都合でリクエスト曲にはお応えできない可能性がございます。ご容赦くださいませ。

それでは、また来週、月曜日15:00にお耳にかかりましょう。

お相手は、倉嶋桃子でした。

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