Blooming Days+,Aug’24 | 倉嶋桃子|79.1MHz KOCOラジ

Blooming Days - 日々是好日 -

Blooming Days+,Aug’24

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みなさん、こんにちは。倉嶋桃子です。

近所のスーパーの一角に、「ご当地サイダー」「地サイダー」という地元の水や特産品を使用したサイダーのコーナーがいつの間にができていました。
お土産としていただいたことがあるものや、どんな味か想像できないようなものがあったりと、つい立ち止まって眺めてしまいました。

「サイダー」というと、子ども時代の私にとっては特別な飲み物で、地域の行事ごとがある時か、母方の祖父母の家へ遊びへ行った時にだけ飲める飲み物でした。

というのも、管理栄養士だった母は、おやつの時間はあくまでも食事の補助として考えていたようで、幼児期に食が細かった私へは、蒸したサツマイモやジャガイモ、果物、ミニサンドイッチ、ミニおにぎりなどを出していたので、スナック菓子やお砂糖がたくさん入ったジュース、炭酸飲料系飲み物などが出てくることはありませんでした。
おやつにそういったお菓子類、飲料類を食べたり飲んだりしてしまうと、そういったおやつだけでお腹がいっぱいになってしまい、普段の食事を残してしまうことになるので、子どもに食べて欲しくなかったのだと思います。

そんな日常生活の中で、たまに母方の祖父母の家へ行って飲める「サイダー」は、子どもの私にとってはまさに夢のような飲み物。
私が遊びに行くことが決まると、母方の祖父母は大人たちが飲む用の瓶ビールをケースで購入するのと一緒に、「サイダー」もケースで用意してくれていて、祖父母のお手伝いをする中で、そのビールやサイダーを冷蔵庫に入れることもまた楽しい時間でした。

この時に飲んでいた「サイダー」は瓶入りで、青色の矢のマークとロゴが印象的な「三ツ矢サイダー」でした。
なぜ、「三ツ矢サイダー」だったかといえば、当時利用していた酒屋さんから祖父母が購入していたビールがアサヒだったので、同じアサヒ系列ということで「三ツ矢サイダー」だったのだと思います。

日本におけるサイダーの発祥の地として言われているのが横浜。
1868年に外国人居留地で設立された薬種問屋ノース&レー商会が、パイナップルとリンゴの風味をつけた炭酸飲料である「シャンペン・サイダー」というものを売り出したことがはじまりとされています。
ただし、この商品は在留外国人向けの商品だったということで、当時の上流階級や特権階級以外の一般の日本人は飲むことができませんでした。
ノース&レー商会は、当時の「サイダー」の原料を、米国や英国からパイナップルとリンゴの香料を輸入しブレンドして、シャンペンサイダーという複合香料とし、全国の消費者に普及させるために飲料業者へ販売を広げていくことになります。

サイダー(英語Cider)の語源は、シードル(Cidre、フランス語でリンゴ果汁の発酵洒)からでた現代語といわれており、シャンペン・サイダーは、シャンパンの風味とシードル(リンゴ酒)の風味をミックスしたものという意味の言葉だそうです。
現在、日本においては、リンゴに限らず様々な果物の香味がつくものを含め、アルコールを含まない無色透明の炭酸飲料の総称として使われています。

日本で本格的に流通した最初のサイダーは、「金線(きんせん)サイダー」。
1875年横浜扇町の秋本己之助氏が、ノース&レー商会に勤める西村甚作氏の助言で「金線サイダー」を製造、1899年に王冠を使用した瓶入りの製品が発売され、これが日本で本格的に流通した最初のサイダーとなります。

その後、1907年には、三ツ矢印平野水という炭酸水をベースにした「三ツ矢平野シャンペンサイダー」(現在の三ツ矢サイダー)、1909年レモン風味の炭酸飲料「シトロン」(現在のRibbon シトロン)、1928年には「キリンレモン」が発売されることになります。

金線サイダーは、1915年に横浜蓬莱町に「金線飲料株式会社」を設立しますが、1925年かつて日本にあったビールメーカー「日本麦酒鑛泉(にっぽんびーるこうせん)株式会社」に合併され、「金線サイダー」と「三ツ矢サイダー」は兄弟銘柄となりしばらく併売されていましたが、現在のアサヒビールやサッポロビールなどの前身である「大日本麦酒株式会社」と合併後、「三ツ矢サイダー」に統合されて製造が打ち切られ、「三ツ矢サイダー」は日本で最初のサイダーの歴史を受け継いでいます。

ちなみに、「銀河鉄道の夜」などでも知られている宮沢賢治は、「三ツ矢サイダー」を愛飲していたそうで、天ぷらそばが15銭だった時代、「三ツ矢サイダー」は1本23銭という高級な飲み物だったにもかかわらず、教師だった頃には、給料日になると、時には奮発して、大好物の天ぷらそばと「三ツ矢サイダー」を教え子たちのために注文したというエピソードが残っています。

時代を経て今ではご当地サイダーを含め色々な種類の「サイダー」を飲むことができますが、今でも無性に飲みたくなるのは、私が当時飲んでいた瓶に入っていた「三ツ矢サイダー」。
今飲める「三ツ矢サイダー」の味は、昔のものとは違っていますが、私にとっての「三ツ矢サイダー」の味は、当時の祖父母の家で過ごした夏の思い出と共にこれからもずっと記憶に残ることでしょう。

参考資料

三ツ矢サイダー – Wikipedia
https://blooming-days.njs.xyz/6q0m

サイダー – Wikipedia
https://blooming-days.njs.xyz/zhq9

地サイダー – Wikipedia
https://blooming-days.njs.xyz/iv58

「三ツ矢」の歴史|Asahi SOFT DRINKS History|お楽しみ・プレゼント|アサヒ飲料
https://blooming-days.njs.xyz/2exp

第九話「サイダー、シトロン、レモン、ライム等の透明炭酸飲料」
https://blooming-days.njs.xyz/b4ix

日本麦酒鑛泉 – Wikipedia
https://blooming-days.njs.xyz/hr4t

大日本麦酒 – Wikipedia
https://blooming-days.njs.xyz/mx1o

リボンシトロン – Wikipedia
https://blooming-days.njs.xyz/0nsy

ヒストリー|キリンレモン|ソフトドリンク|キリン
https://blooming-days.njs.xyz/thw9

さて、本日の放送内容です。

お地蔵様にまつわるお話-その1-

昨日のTOKYO854に引続き、「お地蔵様」をテーマに、日本各地に伝わる民話や伝説など、お地蔵様にまつわるお話をお送りいたします。

お地蔵様にまつわる民話というと「笠地蔵」がよく知られていると思いますが、地域によっても少し内容が違っている場合もあるようです。
まずは、基本的な笠地蔵のお話のあらすじを見てみましょう。

笠地蔵-Wikipedia-より

とある雪深い国にひどく貧しい老夫婦が暮らしていました。
年の瀬が近いというのに新年を迎えるための餅すら買うことができませんでした。
そこでおじいさんは、町に出て日々こさえてきた笠を売ろうと背負えるだけ背負って出かけていきました。

ところが残念なことに、笠は大して売れませんでした。吹雪く気配がしてきたため、おじいさんは笠を売ることをあきらめて帰路につきます。
吹雪の中、おじいさんは六人のお地蔵さまを見かけると、そのいかにも寒そうな様子を見て可哀想に思い、売れ残りの笠を差し上げることにしました。

おじいさんはお地蔵さまの頭に降り積もった雪を払い、一つまた一つと笠をかぶせていきました。
しかし、手持ちの笠が一つ足りず、おじいさんは自分が使っている笠を最後のお地蔵さまにお被せし、何も持たずに我が家へ帰っていきました。おじいさんからわけを聴いたおばあさんは、「それはよいことをしました」と言い、結局何も買えなかったことを責めたりもしませんでした。

その夜、老夫婦が寝ていると、家の外で何か重たい物が落ちたような音がします。
そこで扉を開けて外の様子を伺うと、家の前に米俵や餅・野菜・魚などの様々な食料に小判などの財宝が山と積まれていました。

老夫婦は、笠をかぶった六人のお地蔵さまが雪の降るなか背を向けて去ってゆくのを見送るのでした。
このお地蔵さまからの贈り物のおかげで、老夫婦は良い新年を迎えることができました。

ここで、少し違った内容の「笠地蔵」のお話をご紹介致します。

福島県耶麻郡(やまぐん)磐梯町の「笠地蔵」

あるところに、ヤスオという若者とおっかあが一緒に住んでしました。

雪がどんどん降ってよく降るある日。まもなく正月になる頃。

「明日はお正月だから、今日は大晦日。私が作った反物を町で売って、何か買ってきてくれないか」とおっかあが言いました。

ヤスオは、膝まである雪の中、町まで出かけていきます。
行く途中、ふと見るとお地蔵様が6人立っていて沢山の雪が頭に乗っている様子。

「お地蔵様、あれでは寒いだろうなぁ。」と思いながらヤスオは町まで行きました。

町では持って行った反物は無事売れて、お買い物をしようとお店をのぞいていると、
お地蔵様のことを思い出し、「あんなに雪が沢山降っている中で、さむいだろうなぁ。」と思ったヤスオは、
自分やおっかぁは、何も食べなくても、暖かい家の中で、火を焚いて熱いお湯を沸かして飲むことができる。」そう思い、反物を売ったお金で6つの笠を買うことにしました。

「あのお地蔵様にこの笠をかぶせたら、いくらか暖かいだろう」と。

それから、急いでお地蔵様のところへ向かい、頭の雪をきれいに払って笠をかぶせ、
「この笠をかぶると、少しは暖かいだろうから、この笠をかぶってください。」といって、風で飛ばされないようにきっちり紐を結んで家路に戻りました。

家に帰ったヤスオは、おっかあに、反物は売れたけれども、何も買わず、寒そうにしていたお地蔵様に笠を買ってかぶせてきたと話をします。

それをきいたおっかあは、「いいことをした。」とヤスオをほめ、「お正月は暖かくして過ごしましょう。また一所懸命機を織って今度は何か買うことにすればいい。」と言いました。

その夜、寝ていると、「ヤスオの館はどこだ?ヤスオの館はどこだ?」と遠くの方で声をするのと同時に、バダンバダンと音が聞こえてきます。

おっかあは、「ヤスオに何か怖いものが来たよ、起きて!」とヤスオを起こすと、その声を聞いて怖くなって二人で黙って聞いていると、段々と近づいてくる様子。

二人で怖くなって布団をかぶって震えていると、家の前でドサッとものが置かれた気配がしました。
東の空が明るくなってきてから、そっと家のドアを開け見ると、6人のお地蔵様が「あの息子はいい息子だったんだなぁ。」と言いながら帰って行く所が見えました。
そして、足元には色々な食べ物が沢山あったという事です。
そうして二人は、そのお地蔵様の置いていった食べ物でとてもいいお正月を迎えることができました。

他、倉嶋とディレクター小出のお話は、ポッドキャストをお聴きください。

参考資料

笠地蔵 – Wikipedia
https://blooming-days.njs.xyz/kahn

笠地蔵/磐梯町(ばんだいまち)の伝説と昔話 – 磐梯町ホームページ
https://blooming-days.njs.xyz/p8hb

お地蔵様にまつわるお話-その2-

お地蔵様にまつわるお話は全国にたくさんあるのですが、その中でも少し変わったお地蔵さんにまつわるお話をご紹介致します。

「そうめん地蔵」のあらすじ

むかしむかし、氏家勝山城のお殿様に日光代参を頼まれた、堂原にある満願寺のお坊さんがおりました。
大役を終わらせた帰り道、朝から何も食べていなかったことと、緊張が解けたこともあり、急にお腹がへってしまいました。

そこで、何か食べさせてもらおうと、入ったところが、意地悪坊主で有名な寺でした。次から次とそうめんを出され、しまいには、押さえ込まれて無理矢理食べさせられました。

その頃、満願寺のお地蔵さんは日光でお坊さんが意地悪をされている事を察知して、小坊主に姿を変え、意地悪坊主のお寺に行って、「何か食べさせてください」とお願いしました。

「今日はたくさん意地悪ができるぞ」と喜ぶ意地悪坊主たちは、又小坊主さんにそうめんを沢山出しました。
小坊主さんはそれをおいしそうに10杯、100杯、300杯と食べ続けました。意地悪坊主たちは、意地になってそうめんを出しますが、しまいにはあきれかえり、だんだん気味が悪く、最後は恐ろしくなりました。

出されたそうめんを全部食べた小坊主さんは、すました顔で「ごちそうさんでした」といって、満願寺のお坊さんをつれ、帰っていきました。

小坊主さんが帰った後、木こりが「大変だぁ、うらの谷が、そうめんでいっぱいだあ」と叫んで駈け込んで来ました。
意地悪坊主たちが行ってみると、谷が流れるそうめんで真っ白、寺まで押し流されそうな勢いです。
すると、意地悪坊主たちは、「さっきの小坊主は、お地蔵さまにちがいない」と気がつきました。

そして、自分たちの悪さを反省し、それっきりいじわるをしなくなりました。
それから、その谷は「そうめん谷」、堂原のお地蔵さまも「そうめん地蔵」と呼ばれるようになりました。

他にも、食べ物に関するお地蔵さんのお話があります。

「とうふ地蔵」のあらすじ

昔、江戸の小石川の喜運寺の近くに豆腐屋があり、大変繁盛していましたが、ある時豆腐屋のだんなはもっと金もうけをしようと考えるようになりました。

おっかあ(妻)には内緒で悪い豆を使ったり、豆腐を少し小さめに切って売るようになった。それでも客はそれに気づかず、店は相変わらず繁盛し、豆腐屋はもうかっていました。

ある日、だんなが出かけていてそろそろ店を閉めようと思っていた夕方に、一人の見知らぬ小坊主さんが豆腐を一丁買いに来たので、息子が応対しますが、二分金という大金を渡してどこへともなく消えて行ってしまいました。

その夜、だんながその日の売り上げを勘定していると、1枚の木の葉が紛れていました。
息子から不思議な小坊主の話を聞いただんなは、小坊主の正体はキツネに違いないと確信しました。

次の日も夕方になって、あの小坊主がやって来ました。また豆腐を一丁買って、二分金を払っていきました。
だんなは豆腐包丁を手にして、小坊主の後を追いました。喜運寺の前で小坊主に追いついただんなは、豆腐包丁で小坊主を斬りつけました。しかし小坊主は消え、豆腐包丁は刃こぼれしてしまいました。

だんなは粉々になった豆腐の後を追って、小坊主を探しました。それは墓地へと続いており、奥の古い地蔵堂の所で途絶えていました。だんなが地蔵堂の中に入ってみると、肩に刃こぼれした割れた自分の豆腐包丁がささっているお地蔵様があったのです。

だんなは、お地蔵さんが戒めてくれたんだと悟り、お地蔵さんに心から謝りました。
その後豆腐屋の一家は、地蔵堂を建て直し、再び悪い豆を使ったり、豆腐を小さく切って売るようなことはなくなりました。その後この豆腐屋は以前にもまして繁盛していったということです。

他、倉嶋とディレクター小出のお話は、ポッドキャストをお聴きください。

参考資料

そうめん地蔵(そうめんじぞう) – さくら市ホームページ
https://blooming-days.njs.xyz/ar6b

まんが日本昔ばなし〜データベース〜 – とうふ地蔵
hhttps://blooming-days.njs.xyz/k54y

さて、今回は、8/23のTOKYO854に引続き「お地蔵様」をテーマに、日本各地に伝わる民話や伝説など、お地蔵様にまつわるお話をお送りいたしました。

番組では、放送内容他、ポッドキャストのみ聴くことができる放送内容の予告、放送を振返る放送後記、そして、毎週月曜日に放送しているTOKYO854の放送内容など、ポッドキャストでお聴きいただけます。

皆さんのお好きな時間に、お好きな楽しみ方を、ぜひお試しいただければと思います。

放送をお聞きいただいた皆様、メッセージをいただきました皆様、本日もありがとうございました。

番組では、特設サイトのメッセージボード、または、KOCOラジの メッセージフォームにて、皆様からのメッセージ、ご感想をお待ちしております。

次回も、「Blooming Days PLUS-日々是好日-」で、皆様とお耳にかかれることを楽しみにしております。