Blooming Days,December’21|倉嶋桃子|85.4MHz FMひがしくるめ

Blooming Days - 日々是好日 -

Blooming Days,December’21

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みなさん、こんにちは。倉嶋桃子です。

日本海側や群馬県などでは、急に大雪が降ったことで、高速道路では車が立ち往生し、スキー場では除雪が追いつかずオープンする日をずらすことになった話題など、雪に関する話題が多い1週間でした。

ある程度積雪があるという予報で準備はしていたものの、想像以上の降り方だったということで、雪の多い地方にお住まいの方は、不安な時間を過ごされたことでしょう。

今後もこういった雪に関する予報は出るとは思いますが、万が一を想定した対策として、お出かけする際には、お菓子や飲料など装備品も、いま一度見直しておくといいかもしれません。

さて、話は変わりますが、関東地方でも雪がちらつく話も出ており、すでにカイロが手放せないという友人もいて、いよいよ本格的な防寒対策が必要になってきたようです。

そこで、鍼灸師をしている友人に効果的なカイロの貼り方などについて聞いてみました。

まず、大前提としては、低温やけどをしないよう、直接肌に触れないように貼り、貼ったまま寝てしまったりしないようにした方がいいそうです。

そして、寒さ対策として一番おススメの箇所は、首の後ろにあるツボで、「大椎(だいつい)」。

風邪のひき始めの時など、ゾクゾクッと悪寒を感じる箇所のようですが、ここを温めることで、風邪を予防し、悪寒、頭痛などの症状をやわらげる効果があるとのこと。

続いておススメな箇所は、おへその位置「神闕(しんけつ)」とおへそ下5センチくらい下の「丹田(たんでん)」。

お腹の調子が悪い時や、手足が冷えるとき、ストレスを感じるときなどにも効果があるそうです。

このように、体調によって温める箇所を考えて使うことで、より効果的に体全体が温まり、リラックス効果も得られるとのことなので、ぜひ試してみてくださいね。

それでは、本日の放送内容です。

「Interest」in bloom~前半~

今日の「Interest」in bloomでは、「日本のクリスマス文化について」をテーマにお送りします。


クリスマスとは

クリスマスとは「キリストのミサ」という意味で、一部の教派が行うイエス・キリストの降誕祭のこと。

キリストは今から約2000年前、ユダヤのベツレヘムの馬小屋で、聖母マリアのもとに生を受けました。

この生誕をお祝いする日がクリスマス(降誕祭)です。

フランスではノエル、イタリアではナターレ、ドイツではヴァイナハテンと呼ばれています。

新約聖書では、キリストの生まれた日を特定はしていないため、降誕祭とは「キリストの誕生日」ではなく、あくまで「キリストが生まれてきたことをお祝いする日」となります。

クリスマスがいつ頃始まったか正確な年代はわかっていませんが、2世紀~4世紀頃に始まったという説が有力視されています。

冬至の日に行われていた「太陽神の誕生祭」や「農耕神への収穫祭」が、イエス・キリストの生誕祭と結びついたといわれています。

当時のヨーロッパはローマ帝国時代。

太陽神を崇拝する異教が大きな力を持ち、12月25日を太陽神を祭る祝祭日としていたことから、時のローマ皇帝が、異教徒との対立や摩擦を生むことなく異教徒にキリスト教を広めるために、12月25日をキリストの降誕祭に制定したとされています。

キリスト教の中でもカトリックの影響の強いイタリア、ポーランド、フランス、スペインなどでは、クリスマスは12月25日に始まり、1月6日の公現祭(エピファニア)に終わります。

イギリスや日本でプレゼントを持ってくるとされるサンタクロースですが、イタリアのほとんどの地域では、魔女のベファーナ、ドイツ北部ではヴァイナハツマン「降誕祭の男」、南部ではクリスト・キント「キリストの子」がプレゼントを持ってくるとされ、特にドイツでは、プレゼントを貰えるのは、それまでの1年間に良い子だった子供だけで、悪い子は石炭を与えられたり、木の枝で打たれることになっている地域もあります。

また、子供達がプレゼントを貰うのは、フランスでは1月6日、オランダやドイツの一部地域では、12月6日、イギリスでは12月25日で、各国によって違いがあります。

一方、日本でのクリスマスは、戦国時代の1552年、山口県にキリスト教の宣教師としてやってきたフランシスコ・ザビエルが信徒を集めて12月24日にミサ(カトリック教会で行われる祭儀)を行ったことが始まりだと言われています。

1560年ごろ、京都にキリシタンら100人ほどが集まり、盛大な降誕祭を行ったという記録があります。

しかし、その後江戸幕府の禁教令によってキリスト教が禁止されため、明治のはじめまでの200年以上の間、隠れキリシタン以外には全く受け入れられることはありませんでした。

一部の例外として、長崎出島のオランダ商館に出入りするオランダ人たちは、キリスト教を禁止する江戸幕府に配慮しつつ、自分たちがクリスマスを祝うため、オランダの冬至の祭りという方便で「オランダ冬至」を開催していました。

これには幕府の役人や、通訳や蘭学者などオランダ人と付き合いのある日本人も招かれました。

また、長崎に住むオランダ通の日本人たちの間でも、これを真似て祝うことがありました。

オランダ商館の者たちは、江戸に出仕することもありましたが、彼らを迎え入れる江戸の役人たちは、オランダ冬至を参考に、オランダの料理や文物などを用意して、オランダ人たちをもてなしたとされています。

ここで、一曲お送りした後、後半は明治時代以降の 日本のクリスマス文化の変遷についてお話いたします。

「Interest」in bloom~後半~

前半では、外国のクリスマス文化にまつわる話や江戸時代のクリスマスに関する話題を取り上げましたが、後半は、明治時代以降の日本のクリスマス文化の変遷についてお話続けます。


明治時代以降の日本のクリスマス文化の変遷

江戸幕府によって禁止されたキリスト教ですが、明治6年(1873年)に禁教令が解かれ、クリスマスも復活します。

この頃まで信徒のみで祝われていたクリスマスですが、日露戦争に勝ったころから信徒でない日本人たちがクリスマスを祝い始めます。

明治37年(1904年)に、銀座の「明治屋」が、商業用のディスプレイとして初めてクリスマスツリーを店頭に飾り、大きな話題を呼んだことで、一般的に広く知られるようになりました。

明治39年(1906年)から、新聞記事にもサンタクロースが登場してきます。

どうやら、このころから、ふつうの家庭でもクリスマスにプレゼントを贈るのが一般的になってきたようです。

明治43年(1910年)には「不二家」がクリスマスのデコレーションケーキを発売し、大正8年(1919年)には「帝国ホテル」が一般客向けのクリスマスパーティを開催。

演し物は「太神楽(だいかぐら)」や「カッポレ」、また心中もののお芝居「お半長(はんちょう)」などが演じられていました。

キリスト降誕とは関係のない出し物ばかりで、すでに「日本化したクリスマス」が明治末年にはしっかり根付いていたことがわかります。

大正時代になると、児童向け雑誌や少女雑誌の12月号には、表紙をはじめとしてクリスマスにまつわる話や挿絵がたくさん導入されました。

大正天皇が崩御されたのは、大正15年の12月25日。

この時代は、先の陛下が亡くなられた日は「先帝祭(せんていさい)」として祭日になりました。

つまり昭和2年からは、12月25日は休みの日となったのです。

クリスマスイブは休みの前日、クリスマスが休日になり、これがおそらく大人もクリスマスに騒ぐきっかけとなったようです。

昭和になってから、銀座や渋谷、浅草などの喫茶店やレストランがクリスマスに因んだメニューを取り入れるようになり、昭和5年頃から、クリスマスを騒いで過ごす大人たちの姿が大きく報道され始めます。

昭和6年のクリスマス記事は「クリスマスイブを踊り抜く」という見出しで、帝国ホテルで大勢の人たちが、三角帽子などをかぶり、ダンスをしている写真も載っています。

この日ばかりは、はめをはずしていい、という空気が感じられます。

ちなみに昭和6年は満州事変がおこった年です。

しかし、昭和12年に日中戦争が勃発し、これによって社会の空気が変わりました。

非常時となり、日中戦争以降はクリスマスに騒ぐことは禁止され、これは太平洋戦争が終わるまで続きます。

戦争が終わって、2年ほど経つと、賑やかなクリスマスが復活しますが、それまでにない異様な大騒ぎとなり、昭和32年くらいまで、およそ10年にわたって続きます。

当時の歓楽街は、現在の渋谷界隈のハロウィン同様、酔っ払った集団が大騒ぎをして、一種の無法地帯が生まれていました。

しかし、この風潮は、高度成長期に入ると静まり、昭和30年代半ばから、ケーキとプレゼントを買って、郊外のマイホームへと向かうサラリーマンのパパが多くなります

ここから昭和50年代までは、子供のためのお楽しみの日という昔ふうのクリスマスに戻りましたが、それが昭和58年あたりから、再び大人のクリスマスが出現し昭和62年には定着しました。

ちょうど、昭和最後の好景気に突入する時代で、その風潮とあいまって、若い恋人同士が、分不相応な店で高額な支払いをする、という風景が出現しました。

バブル景気が終わってからは、高額な散財はなくなりましたが、クリスマスは恋人と過ごすという不思議な習慣は定着したままです。

また、クリスマスにはチキンを食べるという日本だけの文化は、昭和40年代後半にケンタッキー・フライド・チキンが仕掛けた「ケンタッキーでクリスマス」というキャンペーンがきっかけで全国に広まります。

昭和58年発売開始の「パーティバーレル」とドライブスルー店舗との相乗効果もあり、店舗が全国に拡大していくにつれ、それまで、ケーキとプレゼントしかなかったクリスマスに、クリスマスには鶏肉を食べるという新たな文化を定着させました。

これを機に、全国のスーパーでも、鶏のもも肉が売られるようになり、現在の「クリスマスにはケーキと鶏肉を食べ、恋人同士で過ごす」という日本独自の風習が確立しました。

現在では、テーマパークやデパートなど早いところでは11月初旬からクリスマスの装飾が施され、クリスマスイベントやクリスマスセールを開催しています。

日本では宗教的な理由ではなく、商業イベントとして盛大に行われるようになり、国民的行事として定着しました。

参考資料

「日本型クリスマスの歴史」(視点・論点) | 視点・論点 | 解説アーカイブス | NHK 解説委員室
https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/286228.html

日本のクリスマスの始まりはいつ?起源と歴史。外国との違いとは?
https://jpnculture.net/christmas/

海外から見るとかなり変?!日本独自のクリスマスの習慣、過ごし方をご紹介♪ | クリスマスパーティーイベント東京大阪なら街コンANYパーティー☆
https://tinyurl.com/y95vs4qh

「クリスマスって本当は何なの?」
https://www.jaspella.com/jp/ministry/articles/whats_christmas.html

クリスマス|改訂新版・世界大百科事典|平凡社
https://japanknowledge.com/introduction/keyword.html?i=419

日本の「クリスマス」のおかしな常識とは?【世界が変わる異文化理解レッスン 基礎編34】 | サライ.jp|小学館の雑誌『サライ』公式サイト
https://serai.jp/living/383795

クリスマスとは – コトバンク
https://tinyurl.com/y7s8qc6y

あなたは知っている?〜クリスマスの歴史と意味〜|Kazuhiro Mouri/毛利 和裕|note
https://note.com/k_rock_jam/n/n87a6d79dc0a8

クリスマス – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%82%B9

メッセージをお寄せいただいた皆さん、ラジオをお聴き頂いた皆さん、本当にありがとうございました。

番組では、ポッドキャストによる配信をおこなっています。12/21分については、放送終了後に更新いたします。

また、番組では皆様からのメッセージをお待ちしております。「試してみたよ」「作ってみたよ」といった番組で取り上げた内容のご感想、みなさんが感じる幸せのひとときなど、ぜひお聞かせくださいませ。

なお、番組の構成上、時間の都合でリクエスト曲にはお応えできない可能性がございます。ご容赦くださいませ。

それでは、また来週、月曜日15:00にお耳にかかりましょう。

お相手は、倉嶋桃子でした。