Blooming Days - 日々是好日 -

Blooming Days, July ’06

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2020年7月6日(月)

みなさん、こんにちは。倉嶋桃子です。
7月に入り、いよいよ2020年も後半戦になりましたね。

今年は春になる少し前から、通常の季節の楽しみ方ができない状況になり、異例の事尽くして日々重ね、気がつけば半年過ぎていたっという感じでしょうか。

自分で半年を振返ってみると、いつもの時期より、お家業務でちょっぴり気を遣う事柄が増えたでしょうか…。

でも、実務的に忙しいというよりは、1つ1つ確認事項が増えたり、いつも以上に子どもたちの様子に神経を遣うという時間が多かったように思います。

ただ、季節はいつものようにめぐってきますので、この梅雨の時期も一日一日丁寧に、安心して暮らせるようにと願うばかりです。

関東地方の平年の梅雨明け時期は、7月21日あたり。

夏休みに入る頃でしょうか…?。

今年は子どもたちの夏休みの期間が、地域や学校ごとに設定時期が違う話も聞きますので、上手に時間を使いながら、今年ならではの夏の楽しみ方を見つけたいものです。

それでは、本日の放送内容です。

「Interest」 in bloom

夏を彩る花、そして、夏休みの観察日記や自由研究と言えばあの花、「アサガオ」。

成長の様子を見る、タネをとる、花びらを使って色を染める、他、手ぬぐいや、団扇(うちわ)、浴衣の柄になるなど、
日本人の暮らしの中では、馴染みのある花…というイメージですね。

先日、江戸川区の特産であるアサガオの出荷が大詰めを迎えたというニュースを見たのですが、江戸時代には空前のアサガオブームがあり、多くの人が競うようにアサガオを育てていたということがわかりました。

そこで、今回の「Interest」in bloomでは、「これであなたも風流人?!江戸時代の人もはまった、変わったアサガオの育て方」をご紹介します。


アサガオのはじまり

今では、身近にあるアサガオ。

昔はとても高価なものだったということはご存じでしょうか?

アサガオの原産国は中国と言われていますが、もともとは観賞用ではなく生薬として使っていたそうです。

当時のアサガオは、大変に貴重なもので、牛と交換するほどの価値として取引されていました。

その後日本では、奈良時代に中国から生薬として伝わり、次第に観賞用として人気が高まっていきました。

日本でのアサガオブーム⁈

徐々に庶民に広まっていく中、アサガオの大ブームが起きた時代がありました。

それは、比較的平和だった江戸時代。

釣りやお茶、園芸など様々な趣味が発達していった中、特に園芸は人気の趣味でした。

その中でも、アサガオは、ハマると家計が傾くと言われたほど大人気で、品種改良も盛んに行われていったようです。

そんな中、さらにアサガオブームに拍車をかけたきっかけが二度ありました。

一度目は、江戸時代の末期、文化文政期のころ。1806年3月4日に江戸で起こった「文化3年の大火(たいか)」です。

この大火の影響で、現在の御徒町あたりは、更地になってしまったため、人々はその更地にほかの植物と一緒にアサガオを植えたところ、それまで単純な円形で、色も青と白しかない素朴な花だったアサガオが、突然変異で、赤やピンク、紫、絞り模様、また珍しい形をしたアサガオが咲き、更地周辺には見物人が大勢集まるようなアサガオの名所になっていきました。

また、この御徒町周辺は、町の名前の由来ともなった、江戸城や将軍の護衛を行う役目を担った下級の武士「御徒(おかち)」が、多く住んでいた地域だったのですが、天下泰平の江戸時代、これといった仕事もなく、お金もなかった下級武士たちは、植木屋から指導を受けてアサガオ栽培に励み、売っていたようです。

その後、1800年代中ごろ、自ら「朝顔師」と自分のことを名乗る植木屋さんが現れたことで、二度目のブームがやってきました。

この方「成田屋留次郎(なりたや とめじろう)」本名、「山崎留次郎」さん。この「成田屋」という名前は、歌舞伎の8代目団十郎の大ファンだったことから名乗っていたようですが…。

本業の植木屋をしながら、趣味でアサガオ栽培をし、品種改良を行いながら、園芸に関する書物を出版したり、アサガオ品評会を主催したり、珍しいアサガオを探しては、引き出し付きの箱に流し込んだ寒天の中に、その珍しいアサガオを見本として、お客さんへ売り歩いたというエピソードも残っている方で、江戸のアサガオブームを盛り上げた第一人者(だいいちにんしゃ)とも言えます。

ちなみに、アサガオの品種の中に、花の色が団十郎が好んだ団十郎茶に近いことから「団十郎」という名前が付けられた花があるのですが、これは、先にご紹介した成田屋留次郎が売り出していた花だったと言われていて、現在でも茶色の花は、「団十郎」と呼ばれることが多く、人気が高いようです。

私も今回初めてこの花の色を見て、私が知っているアサガオの概念から離れる渋いかっこいい花だな~と感じました。

それでは、ここで一曲お送りした後、私たちが普段あまり目にすることがない「変化アサガオ」について話を続けてまいります。

変化アサガオとは?

前半では、アサガオのはじまりから、江戸時代のアサガオブームについてご紹介いたしましたが、後半は、突然変異によって、珍しい花が咲く「変化アサガオ」について、ご紹介したいと思います。

最初に日本に伝わってきたアサガオと違って、江戸時代に突然変異で生まれた様々な種類のものは「変化アサガオ」と呼ばれ、種子ができるものを「正木(まさき)」、種子はできないが花の変化があるもの「出物(でもの)」と分けられ、変化がある花を楽しみながら、変化を隠し持った親株から次世代のタネを採り、翌年播いて維持していくという楽しみ方があります。

この「変化アサガオ」。

アサガオブームの中で、突然変異によって、花の大きさや、色の出方、花びらの形状、葉っぱの形や色の様子など、変わった花が咲くことを知った江戸時代の人々は、その変わったアサガオをもっと育ててみたいと、変わった形を次々と追い求めるようになっていきました。

ですが、この変化アサガオを意図的に作るということは容易ではなく、変化アサガオと親を同じくするアサガオの種を植え、思い通りの花が完成したとしても、変化アサガオは、変化が進めば進むほど、種をつけないという性質をもっているので、その形を再現するためには、兄弟株の種を植えて、一からやり直すしかないという根気のいる作業でした。

このように、手間ひまも時間もかかる栽培ですが、「とにかく変わったアサガオを作りたい!」という情熱で続けられ、現代にもつながる、多種多様な品種を生み出していったのです。

この変化アサガオを生み出される過程では、人々の時間や労力だけでなく、相当な数の普通のアサガオが使われ、枯らせてしまったり犠牲になっているということで、そのアサガオを供養する意味で「アサガオ塚」という供養塔が建てられたほど。この「アサガオ塚」は、現JR池袋駅のほど近くにある法明時(ほうみょうじ)にありますので、興味を持った方は、訪れてみてはいかがでしょうか?

変化アサガオを種から育ててみよう!

ここまで変化アサガオの話をしてまいりましたが、自分も作ってみたい!っと思った方もいるんではないでしょうか?

アサガオの種まきの時期は、5月中旬から7月上旬が目安と言われているのでまだ間に合います。

変化アサガオといっても、育て方は普通の朝顔と同じです。

ただし、早く発芽できるようにするコツや、より多くの花を咲かせたいのであれば、次のことを気をつけてみてください。

まずは、早く発芽させるためには、予め少し種のカーブしている外側のどこか一部に、中の白い部分が少し見える程度、やすりや爪切り、キリや千枚通しなどで傷をつけてください。

間違って大きな傷をつけてしまっても、多くの場合問題なく発芽するそうです。

また、一般に言われている、水に一晩つけて捲くといいという方法は、ほとんど意味がないと「国立遺伝学研究所」の解説にはありました。

ただし、最近は販売されている種の中には、発芽しやすい処理をしているものもあるので、種が入っている袋の説明書きを確認してください。

下処理したあとは、種のへそと呼ばれる発芽部分を斜め下にして種を蒔き、たっぷりと水をあげましょう。

ちなみに、下処理したものは、3~4日程度で発芽するようです。

次に大事なのは、土の準備です。

基本的には、市販されている草花や野菜用の培養土は、どれを使っても多くの場合うまく育ちます。

また、肥料が最初から含まれている培養土は、元肥(もとごえ)を入れなくて良いため便利です。

変化アサガオは普通のアサガオと比べて成長が遅く弱いため、もし花壇等の地面に植える場合でも、直まきせず、鉢で育苗(いくびょう)して、ある程度大きくなってから移植してください。

それから、発芽してツルが伸びてきてから大事なのが、摘心(てきしん)といって、成長を促すための手入れです。

最初に出てきたツルを最初に摘心すると、脇芽がでてきて、その脇芽を摘心すると、さらに次のツルが出てくるといった具合に増やしていき、花芽がたくさんつくように手入れをしてみましょう。

さて、ここでアサガオの生態で気になるのが、なぜアサガオは、朝咲くのか?ということですが、皆さんはご存じでしょうか?

これはアサガオが咲く時間を決めているのは、朝の光ではなく、夜の光が当たらない時間。

具体的に言えば、アサガオに光が当たらない時間が約10時間に達すると花を咲かせるという性質があって、夏の季節は、太陽が沈んでから10時間後が、ちょうど朝になるということなんです。

そのため太陽が沈んで光が当たらなくなってから、約10時間後には朝でなくてもアサガオは咲いてしまうので、反対に、電気などでアサガオのつぼみに光を当て続けると、つぼみは成長し大きくはなりますが、咲くことは無いそうです。

まとめ

今回は、身近で親しみを感じるアサガオについてご紹介いたしましたが、意外に知らないことも多いものです。

前半にご紹介したように、特に日本で品種改良が盛んだった影響もあって、今では世界的にみても珍しいほど、形や色などが豊富になった園芸植物の一つと言われています。

今のようなバイオ技術も知識も明らかではなかった江戸時代に、経験値や探求心、そしてなにより目新しいものが大好きだった当時の日本人の情熱でもって、品種改良が盛んに行われていたとは、驚きです。

なお、現在でも、アサガオは変異しやすいという特徴から、遺伝学の研究材料として活用されているそうで、今後も見たことがないアサガオが誕生するかもしれません。

実は、この変化アサガオの種、倉嶋も早速手に入れて、種を蒔いたところです。

今後は、その様子を皆さんにもSNSや特設サイトでお見せできるかと思いますので、お楽しみに!

どんな花が咲くのか、今年の夏は楽しみです。

「Food」in bloom

今日、7月6日は「サラダ記念日」です。

40代以上の方ならご存じでしょうが、若い方にとって「サラダ記念日」は聞き慣れない言葉かもしれません。

これは、歌人・俵真智(たわら・まち)さんが、1987年に発表した自身の歌集『サラダ記念日』の中で、「『この味がいいね』と君が言ったから七月六日はサラダ記念日」という短歌を詠んだことで、これまで短歌に馴染みがなかった一般の人たちにも、身近なものとして広まり短歌ブームが起きたことから制定されました。

今では、日本人の食事の中でも一般的になった「サラダ」。

そこで、今回の「Food」in bloom は、「あなたの知らないサラダの世界」についてご紹介します。


サラダという言葉について

「サラダ」という言葉。みなさん、英語だと思っていませんか?

この言葉、実はポルトガル語で、鉄砲伝来の頃、パンやカステラとともに日本に入ってきたと言われています。

ちなみに、英語の発音だと、「サァラッドゥ」または「サァラッ」となるようで、少しだけ聞こえ方は違いますね。

サラダの歴史

サラダの起源をしらべてみると、古代ギリシャ、ローマ時代には、野草をつんで塩をふった料理があり、生野菜に塩をかけて食べる習慣がすでにあったそうですから、かなり古い歴史があるんですね。

しかも、当時の人々にとって生野菜は、腸の働きを整える「薬効」を持つ食材と捉えられていて、ローマの初代皇帝アウグストゥスは、病気にかかった際、レタスを食べて一命をとりとめた、という逸話も残されています。

20世紀に入り、野菜の温室栽培や他国からの安定的な供給がみられるようになったことで、肉料理に多量の生野菜を添えるアメリカから影響を受け、ヨーロッパでも一般的な料理となっていきました。

一方、日本の場合ですが、江戸時代以前の日本では、畑の衛生状態が良くなかったため、瓜、スイカなどを果物として食べ、ネギなどを薬味にする以外に、野菜を生のまま食べる習慣がありませんでした。

代わりに、漬物、おひたし、煮物、汁物として食べていたようです。

幕末から明治時代になると、欧米諸国との外交が始まり、外国人向けにサラダが提供されるようになりましたが、ここでのサラダの材料としては、トマト、ダイコン類か、カリフラワーやアスパラガスなどのいったん茹でた野菜が主なものでした。

その後、一部の食通の間では、生野菜のサラダが食べられるようになりましたが、畑の衛生面に問題があり安心して生で野菜を食べられる環境が整っていなかったため、一般家庭に普及するには、1970年代中期頃まで時間がかかりました。

その後、さらに時代が進むと、野菜を洗って食べるという食べ方も普及し、食材の衛生面の改善もあって、徐々に生レタスや生キャベツといった葉物野菜のサラダも定着。

この流れにのって、大手のドレッシングメーカーでは、様々な種類のドレッシングなどが開発され、今日のように一般家庭でも食べられるようになりました。

最近では、ビタミンやミネラルを摂れる野菜や果物に、お魚やお肉といったタンパク質を含む食材を加え、さらに豆や雑穀、ナッツといったトッピングを加えることで、一日に摂取すべき栄養素を一皿で簡単に摂ることができる「パワーサラダ」という食べ方が流行ったりしています。

私もこのパワーサラダはお気に入りのメニューの一つで、色々な栄養は取りたいけれども、たくさん食べられないな~というときに選ぶことがあります。

それではここで一曲お送りした後、後半は、世界の特徴あるサラダや、これからの時期におススメな、さっぱりとした和風「ライスサラダ」倉嶋流をご紹介いたします。

倉嶋流「ライスサラダ」のレシピ

前半では、サラダという言葉の語源や歴史についてご紹介してまいりましたが、後半は、これからの季節にピッタリな倉嶋流「ライスサラダ」をご紹介いたします。

みなさんは、「ライスサラダ」というお米を使ったサラダを食べたことありますか?

ご飯の入ったライスサラダ、あまりなじみがない方も多いとは思いますが、海外ではお米は野菜の一つという概念が一般的で、ドレッシングとご飯を組み合わせたお料理です。

ちょっと乱暴な表現かもしれませんが、酢飯と野菜が混じった洋風の混ぜ寿司だと思ってください。

そこで、今回は、美味しくて、誰にでも簡単に作れる、栄養満点な倉嶋流「ライスサラダ」をご紹介いたします。

先程、酢飯と野菜が混ざった洋風の混ぜ寿司とお話しましたが、お寿司で使う酢飯と違う点は、お酢に油分が加わるので、冷めてもご飯がパサつかず、冷蔵庫での保存も可能になることです。

また、このライスサラダ、具材のルールも特になく、好きなものを混ぜるだけという簡単な調理方法です。

しかも、火を使わない料理なので、これから暑くなる時期にも、さっぱりと食べることができ、栄養もしっかりとれます。

それでは、材料のご紹介です。

基本的な二人分の目安の分量のみのご紹介となりますので、作るときには、自分が食べたい量、作りたいと思う量、美味しいと思う分量を自分で調整しながら作ってみてくださいね。

材料:二人分

・ご飯(温かいご飯でも冷たいご飯でもOK、予めご飯はお水で洗ってざるなどにあげ、水気をとっておく。) 

・ハムまたは蒸し鶏(魚介のアレンジも可能)

・キュウリ(薄切りしたキュウリに塩を振り、少し置いた後、出てきたキュウリの汁を絞っておく。面倒な方は、さいの目切りまたは、薄切りのままでもOK)

・とうもろこし(ホールコーン缶詰または、缶詰じゃないタイプはほぐしておく)

・枝豆(中身だけ使いますので、すでに中身を出してあるタイプのものもOK)

・トマト(プチトマトを食べやすくカットするか、大きなものをやや大きめのさいの目上に切っておく)

・ツナ缶(オイルありまたは無しのものでいずれかお好きな方)

・青じそ(細切りにしておく)

・みょうが(お好みで。細切りまたは薄い輪切りなど)

・プロセスチーズ(小さく切っておく)

ライスサラダ用ドレッシング

・ホワイトワインビネガー(お酢でも可能:大さじ4くらい)

・オリーブオイル(サラダ油でも可:大さじ1.5くらい)

・砂糖(ひとつまみ程度)

・塩 (小さじ半分程度)

・胡椒(白or黒お好みで)

・コンソメ細粒タイプ(小さじ半分くらい)

ライスサラダ作り方

①あらかじめ、用意したご飯を、混ぜやすい大きさのボールなどに入れます。

②下準備しておいた食べやすく切っておいたものを、①へ入れます。

③ライスサラダ用ドレッシングの材料をすべて混ぜ合わせ、味見をします。

④お好みの味に整ったら、②へ回し入れ、全体にドレッシングが絡んだら完成です!

なお、パスタやうどんなど、麺類でもアレンジ可能です。

うどんで作る場合は、麺つゆをひと回しすると、具材と麺が絡んだ時に、より美味しく食べられると思いますので、お試しください。

まとめ

さて、サラダの語源から歴史、これからの季節にピッタリな倉嶋流「ライスサラダ」のレシピまでご紹介してまいりましたが、世界的に見ても健康ブームとセットで、野菜の食べ方がサラダの世界でも変わってきているようです。

また、それぞれの地域の特産物や旬の野菜などを組み合わせたものなどを見てみると、国や地域の食文化なども感じられ、とても興味が湧きますし、食べてみたいものもあります。

今の時期は、世界を旅するということも難しいですが、日本で手に入る材料で、各国の特徴あるサラダが作れるレシピもありますので、ぜひ一度試してみてはいかがでしょうか?

今日もお聴きいただきありがとうございました。

番組では、ポッドキャストによる配信をおこなっています。6/22分については、放送終了後に更新いたします。

また、番組では皆様からのメッセージをお待ちしております。「試してみたよ」「作ってみたよ」といった番組で取り上げた内容のご感想、みなさんが感じる幸せのひとときなど、ぜひお聞かせくださいませ。

それから、番組の構成上、時間の都合でリクエスト曲にはお応えできない可能性がございます。ご容赦くださいませ。

それでは、また来週、月曜日15:00にお耳にかかりましょう。

お相手は、倉嶋桃子でした。