Blooming Days - 日々是好日 -

Blooming Days, June ’22

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2020年6月22日(月)

みなさん、こんにちは。倉嶋桃子です。
6月もそろそろ後半戦に入りました。

雨の季節はもう少し続きそうですが、この時期のたまにある晴れ間は、いつもの晴れ間より嬉しくなって、たくさんお洗濯したくなっちゃいますね。

日光にあてて乾いた洗濯物は、気持ちのいいものですしね。

そう言えば、昔実家の屋根の上で、広げた状態でお布団を干していた時、そのお布団の上があまりにも気持ちよくて、そのまま寝転がって空を眺めたり、日向ぼっこしたりしたことがありました。

太陽にあたったお布団の気持ちよさも、なんとも言えない心地よさで、お日様のにおいがする~なんて言ったものです。

今も実家に帰ると、その光景を思い出してやりたくなってしまいますが、大人がやったらかなり奇異な状況になるかと思うので、できないのが残念です。

最近は日焼けが怖いので、お日様のしたで日向ぼっこはほとんどしなくなりましたが、たまには芝生の上で寝転んでのんびりするのもいいかな~と思います。

それでは、本日の放送内容です。

「Interest」 in bloom

少し前から空を頻繁に飛ぶツバメを目にする機会も多くなっているように思いますが、雨が降る前はツバメが低く飛ぶ…という習性もよく知られているように、この時期は雛のために餌をとるのに大忙し。

まさに子育て真っ最中ですね。
そして、そろそろ、巣立ちの時期を迎えるころです。

そんなツバメは春を告げる鳥とも言われ、春から夏に日本で暮らし、再び南へ飛び立っていく「渡り鳥」の一種ですが、先日、スタッフと話をしていて、「渡り鳥は、わざわざ危険を冒してまで、なんで行ったり来たりするような暮らしをしているんだろう」という話になり、今回の「Interest」in bloomでは、「渡り鳥ついて」調べてみました。


渡り鳥とは

「渡り鳥」とは、季節によって住む場所を変える鳥のことをといい、春夏に南から日本へ渡わたってくる鳥を「夏鳥」、秋冬に北から日本へ渡わたってくる鳥を「冬鳥」といいます。 

この渡り鳥。何千キロ・何万キロをも飛ぶ種類もいて、目的地までほとんど飲まず食わずで渡る鳥もいれば、途中で外敵に襲われたり力尽きてしまうものもいます。

なぜそんな危険を冒してまで移動するのでしょうか?

その一番の理由は、「食べ物」のためと考えられています。

でも、鳥の食べ物なんて日本にたくさんありますし、同じ鳥でもスズメやハトなどは渡ることはしないですよね。

それは、何の違いなんでしょう。

これは、スズメやハトは主に種子を食べているので、渡ることをしなくとも一年中基本的には餌に困ることなく暮らせますが、夏鳥の一種であるツバメなどは、主に昆虫を食べるため、食べ物が少なくなる秋冬は、昆虫がとりやすい南へ移動し、逆に、カモや白鳥は、春夏の時期は、餌を採る競争相手も少なく、敵に襲われる確率も低くなるシベリアなど北に移動します。

つまり、渡りというリスクが高いことをしても、餌を効率よく得ることができたり、安全に繁殖、育児、生活できた方が渡り鳥にとってはメリットが大きいということなんですね。

ちなみに、この渡り鳥のなかで、もっとも長く移動している「キョクアジサシ」という鳥は、なんと北極から南極まで移動していて、夏に北極で子育てし、冬には南極まで移動しているそうです。

この往復する距離は、約8万キロ。これは、約地球2周分。また、彼らの寿命は30年を超えるくらいなので、一生で表すと240万キロ、これは、月まで約3往復する距離に値します。

人間が乗り物に乗って移動したとしても大変な距離なのに、それを自分の翼で移動しているなんて、どんな体の構造なのか、さらには、正確な方向へ飛んだり、同じ場所に戻ったりできるのはなぜなのか、興味が湧きますね。

調べてみると、渡り鳥の場合、長距離を飛ぶために合った体や能力が、もともと備わっているようです。

飲まず食わずでも大丈夫なように餌を食べる時には胃腸など消化器官を大きくし、移動する時には飛びやすいように消化器官を小さくするなど内臓の大きさを変えることができるんだそうです。

併せて、脳の半分だけを眠らせ、周囲に気を配って飛び続けながらも休むことができる「半球睡眠」という能力もあります。この能力は、イルカやクジラも持っていると言われていますね。

さらに、方角を間違えずに飛んだり、同じ場所に戻ってこれたりする理由としては、太陽や星座の位置を頼りにしたり、地球の磁気を使っていると考えられていて、ある程度の場所へきたら、地形の記憶を頼りに飛び、最終的には目で確認したり、他にも、周辺のにおいや仲間の鳴き声を頼りに確認するということもできるようです。

私は、かなりの方向音痴なので、この能力には感心するばかりです。

それでは、ここで一曲お送りした後は、私達の身近にいる渡り鳥、「つばめ」と「マガン」の生態についてご紹介したいと思います。

夏鳥「ツバメ」について

さて、ここまでは渡り鳥について話をしてきましたが、続いてこの渡り鳥の仲間で夏鳥の一種、私たちの生活圏の中で身近なツバメの基本的な生態についてご紹介します。

ツバメは、日本が冬の間は南国で過ごし、台湾、フィリピンなどで冬を越した後、春になる3月頃から日本に飛来しはじめ、繁殖のために巣作りを始めます。

日本から台湾、フィリピンまで……といってもその距離は2000~3000㎞ほども離れているので、あの小さな体で、日本までたどり着く身体能力は、まさに驚異的ですね。

その距離を移動するスピードは、時速45~50kmほどで、途中で休みながらも、1日に最長で300kmも移動することが確認されていて、太陽の位置を目印にしながら進路を定めているそうです。

さらに、驚くのは外敵から逃げるときの速度で、最大速度は時速200㎞にもおよび、テニスの錦織選手のサーブに匹敵する速さといいます。

これも素早く移動できることに特化した体の構造や能力なんでしょう。

また、ツバメの特徴としては、結婚した相手との相性がよければ、どちらか一方が死ぬまで「つがい」関係を維持すると言われていて、春がくるたびに、夫婦はそれぞれ長い旅をして日本で待ち合わせ、仲良く子育てするそうです。

ちなみに、巣立ちをするまでに生き残ることができる雛は、5割程度。

自然の厳しさを感じる数字ではありますが、脅威の身体能力をもってして「渡り鳥」として生活を送るためには、必要な試練なのかもしれませんね。

冬鳥「マガン」について

続いては、冬鳥の一つ「マガン」についてご紹介します。

マガンは、カモ目カモ科の鳥のことを総称した「雁(ガン)」の仲間で、他の種類として、シジュウカラガン、ヒシクイ、コクガンがいます。

実はこの日本に飛来するガンが、どこから来て、どこへ行くのか、つい近年までわかっていなかったそうなんですが、最近になってやっと、日本に飛来するガン類の渡りルートの一端が明らかになり、それによれば、現在主に宮城県に飛来するマガンたちの主な繁殖地は、オホーツク海を越えたロシア北東部にあるコリャーク山脈を越えた広大なツンドラ地帯だということがわかりました。

かつては、日本で明治時代の狩猟解禁以来盛んに狩猟されるようになったことや、マガンがねぐらとする大きな湖沼(こしょう)や干潟(ひがた)が埋め立てられたことと、夏の繁殖地であるロシア側のツンドラでも狩猟が盛んになったり、トナカイの放牧が広範囲化して巣作りできる環境が荒らされたことなどが理由で、数が減ってしまったこともあったようですが、その後双方の国で保護対策がとられるようになり、現在ようやくガン類の数が増えつつあります。

マガンの子育てについて

さて、この冬鳥の一種のマガン。川で気持ちよさそうに泳いでいる姿や餌を食べている姿は見たことがありますが、日本が繁殖地ではないためツバメのように子育てしている様子などは見ることができません。いったいどのように暮らしているのでしょうか。

5月の中旬ごろに北極圏に戻ったマガンは、5月の末ごろ、集団からつがいに分散して、おのおののカップルで巣作りを始めます。

このマガンのつがいには特徴があって、カモ類のようにペアを頻繁に代える種とは違い、基本的に終生添い遂げるそうです。

また、卵を温めるのは常に雌が単独で行い、雌が巣を離れるタイミングは、用を足したり食べ物を食べるときに、薄暗くなった時間帯の20分から40分くらいの間だけ。

雄はというと、卵を温めない代わりに、外敵から卵を守るために不眠不休で警戒していているそうです。

その後、卵が孵化し、雛鳥が成長すると、餌を採るために川や湖沼を行き来するようになるのですが、個別に暮らしていた別のマガン家族たちと次第に合流するようになり、共同保育園のようにして、さまざまな危険から雛たちを守るため、いくつかの家族が集団となって、雛を合同で守り育てるスクラムを形成するようになります。

少し前にSNSで、大人の鳥に前後を挟まれて50羽ほどの雛鳥が泳いでいる映像を見たときに、なんでこんなに大勢の雛鳥がいるのか疑問に思っていたのですが、これは共同保育ということだったんですね。

この雛鳥たち。孵化後一か月ほどで親と同等の体重になり、羽ばたきの練習も始め、南へ旅立つ準備を始めますが、先に、家族を形成していない若い個体や、この年の繁殖に失敗したつがいたちが9月ごろから渡りを開始し、その年に生まれた子どもを持つ家族は、しばらく北の繁殖地にとどまり、やがてそれぞれ南へと飛び立ちます。

ちなみに雁は渡りの際、誰かが傷ついて渡れなくなると、仲間につきそいそのまま渡りを中断したり、一度飛び立ったのに、気になって戻ってきたりと仲間の絆も深い鳥なんだそうです。 

まとめ

秋の終わりごろには、この夏に生まれた子どもたちと一緒に、再び日本へ戻ってくる雁たち。

空を見上げた時に「雁行(がんこう)」というV字型で飛ぶ雁たちを見る機会がありましたら、雁が見ている空からの世界や風景、長旅の様子などを想像してみるのも、面白いかもしれません。

また、「雁」という名前が入った文学作品に触れる際には、雁の生態などを思い出していただくと、より深く作品を感じることができるかもしれませんね。

「Food」in bloom

だんだんと暑くなってくる季節、冷たいデザートが欲しくなり食べる機会も増えます。

私は甘いものがあまり得意ではないのですが、ソフトクリーム、シャーベットなど冷たいアイスだけは例外で、夏冬関係なく1年中食べています。

暑がりだからですかね~。

このアイス、最近では、コンビニの期間限定のアイスから、地方にあるご当地アイスまで、いろいろな種類のものがあります。

特にソフトクリームは、観光地やサービスエリア、ショッピングモールなどで気軽に買えて、さらにはコンビニオリジナルのものまであったりします。

実はこのソフトクリーム。色々と調べてみると今まで知らなかった面白いことわかりました。

そこで、今回の「Food」in bloom は、「奥深いソフトクリームの世界」についてご紹介します。


ソフトクリームのはじまり

アイスクリームというと、味や見た目から、ヨーロッパやアメリカからやって来たものと思っている方も多いのではないかと思いますが、実際にはその発祥はアジア。
しかも中国だそうで、なんと4000年も前にさかのぼります。

紀元前2000年頃から中国では家畜の乳しぼりが始まり、ミルクはとても貴重な飲み物でした。

ミルクを長時間煮てから雪で冷やしてやわらかい糊状にした、現在のシャーベットに近い『アイスミルク』は、大金持ちのシンボルだったそうです。

まだ冷凍技術が発達していない頃から雪を使って甘い氷菓子を楽しんでいたとは驚きです。

そんな高級品のアイスミルクが、13世紀ごろに中国からシルクロードを経由してイタリアに渡ってジェラートの原型となり、それが欧米諸国に浸透。

一見同じように見えるカタツムリ、日本にはなんとおよそ800もの種類がいて、「右巻き」と「左巻き」のものがいるそうです。

1931年、アメリカで「オートマティック・ソフトサーブマシン」が発明され、現在のソフトクリームが誕生しました。

そして、日本では、第二次世界大戦後の1951年、明治神宮外苑で進駐していたアメリカ軍。

アメリカ独立記念日を祝ってソフトクリームの模擬店を立ち上げたことによって広まったと言われています。

この年の9月には百貨店で本格的に販売され人気を呼びましたが、この時、英語の「ソフト・サーブ・アイスクリーム」は、英語に馴染みのない当時の日本人には難しい呼び方だということで、「ソフトクリーム」と命名し販売されたそうです。

つまり、「ソフトクリーム」という呼び方は、日本オリジナルということですので、海外で「ソフトクリームください!」というと保湿クリームと間違われることがありますから、気をつけたほうがよさそうです。

アイスクリームとソフトクリームの違い

ところで、みなさんはソフトクリームとアイスクリームの違いってご存知ですか?

クリームが柔らかいとか硬いとかそういう違いなのかなと思っていましたが、日本アイスクリーム協会によると、一般的にアイスクリームと呼んでいるものは、正しくは乳製品の「アイスクリーム類」にあたり、乳固形分や乳脂肪分などの割合によってアイスクリーム、アイスミルク、ラクトアイスと3つの種類に分類されます。
また、果汁に甘味を加えて凍らせたシャーベットは一般的に上記の分類には含まれず、一般食品の「氷菓」に分類されます。

では、ソフトクリームとは何かということですが、これは省令上の分類ではなく、工程上におけるひとつの呼び方になります。

たとえば市販のアイスクリームは、フリージングした後、充てん・包装され、マイナス30度以下の低温で凍結させてから出荷します。

ソフトクリームとは、この工程でいえば、充てん・包装前、フリージング直後の、いわば“出来立てのアイスクリーム”のことをいうのです。

つまり、ソフトクリームもアイスクリーム類の一種であり、その成分によって、「アイスクリーム」「アイスミルク」「ラクトアイス」に分類されるということになります。

それでは、ここで一曲お送りした後、さらにソフトクリームついてのお話続きます。

ソフトクリームについて

前半は、ソフトクリームのはじまりから、アイスクリームとソフトクリームの違いまでお話いたしましたが、後半は、さらにソフトクリームの話を続けていきます。

皆さんが「ソフトクリーム」と聞いて、イメージするのは、持ち手の部分がコーンになっているものだと思いますが、このコーンは、トウモロコシを意味するコーンではなく、道路工事などでもよくみる、円錐(えんすい)のコーンの意味で、原材料は、小麦粉です。

このコーンの部分とソフトクリームの組み合わせになったのには、きっかけがありました。

それは1904年に開催されたセントルイス万博での出来事。

ワッフル屋さんとアイスクリーム屋さんが隣同士で出展していたある日。

当時、アイスクリームは紙皿に載せての販売スタイルでしたが、この日は猛暑。

アイスクリームは飛ぶように売れ、用意していた紙皿が全て無くなってしまうというトラブルが起きてしまいました。

その時、隣でウエハース状のワッフルを焼いて販売していた店主は、紙皿の代わりに自分の店の売り物であるワッフルを、円錐状に巻いてアイスクリームを盛って販売することを考案したのです。

このアイデアは、器まで美味しく食べられるということで、またたく間に会場中に広がり、見事に大ヒット!

現在につながる、ソフトクリームとコーンの組み合わせが誕生した瞬間でした。

そして、コーンの柄にはメッシュ柄多い理由も、このワッフルの名残りからきているということです。

ソフトクリームの普及

国を超え時代も超えて、1951年日本にやってきたソフトクリームは、発売当初、百貨店の大食堂などに置かれていて、かけそば1杯15円の時代に、ソフトクリーム1本50円という高級デザートでした。

この高級だったソフトクリームが、当時の日本の中で、どのように広まったのかというと、1つには時代背景があります。

1950年代、人々が街頭テレビで放送されるプロレスに熱狂していたころ。

東京下町のお蕎麦屋さんでも、客寄せのため店にテレビを置くようになったのですが、プロレスが放送されるのは、夜の8時で、みんなが夕食を食べた後の時間ということもあって、肝心のお蕎麦が売れずに困ったそうです。

そこで、お蕎麦屋さん、お蕎麦以外のものを売ろうとして考えたのが、ソフトクリーム。

お子さんにどうですか~っという感じで売り出したところ、飛ぶように売れたようです。

その後、1970年の大阪万博では会場全体にソフトクリーム店が出店し、ソフトクリームを食べながらパビリオンを回るのが流行。

全国から集まった人たちの記憶の中に「美味しい食べ物」として記憶され、その後日本全国へ広まりました。

今では、コンビニや高速道路のサービスエリア、ファーストフード店、ファミリーレストラン、ほか観光地の売店など気軽に買えるまで広がっています。

ソフトクリームの味わい方

全国各地で売られている最近のソフトクリームを見てみると、バニラ味の高級感を追求した「生クリームソフト」から、各地の名産品などを味わえる「ご当地ソフト」、変わり種の「ソフトクリーム」まで、いろいろとバリエーションが豊富なようです。

ご当地ソフトの例をあげると、宮崎産のマンゴーを使ったものや千葉県産の和梨を使ったもの。

ほかにも「あまおう」や「ゴールドキウイ」、少し変わったところでは、岩手県花巻市「金婚亭(きんこんてい)」の漬物が練りこまれている「漬物ソフトクリーム」、岡山県岡山市吉備(きび)サービスエリアのいちご味のソフトクリームに赤唐辛子のトッピングしてある「赤鬼ソフトクリーム」、静岡県湖西市(こさいし)の道の駅「潮見坂(しおみざか)」では「遠州灘(えんしゅうなだ)産の新鮮なしらす」と「ネギ」がちりばめられている「しらすソフト」があります。

トマト好きな私にスタッフが教えてくれたんですが、横須賀には新鮮なトマトの入ったトマトソフトが季節限定で売っているらしく、すごく美味しいんだそうです。
ただ、本当に短い期間だけなので、ちゃんと確認してから行ってねと言われたので、いつか行ってみたいと思います。

まとめ

ソフトクリームが初めて日本に紹介されて、来年で70周年。

日本人に馴染みやすいようにと「ソフトクリーム」と名付けられ、百貨店から蕎麦屋さん、そして万博から全国へと広がり、オリジナリティあふれるご当地ものや高級感を目指したものまで、種類も豊富に展開されているとなると、次は、世界へこの「ソフトクリーム」が広がるのも遠くないように思います。

以前、この番組でご紹介したイギリスで大ブームとなっている「カツカレー」のように、日本の「ソフトクリーム」がメニューに載るのが楽しみですね。

今日もお聴きいただきありがとうございました。

番組では、ポッドキャストによる配信をおこなっています。6/22分については、放送終了後に更新いたします。

また、番組では皆様からのメッセージをお待ちしております。「試してみたよ」「作ってみたよ」といった番組で取り上げた内容のご感想、みなさんが感じる幸せのひとときなど、ぜひお聞かせくださいませ。

それから、番組の構成上、時間の都合でリクエスト曲にはお応えできない可能性がございます。ご容赦くださいませ。

それでは、また来週、月曜日15:00にお耳にかかりましょう。

お相手は、倉嶋桃子でした。